2017/10/13

対馬島に行ってきました。

ひょんなことから、また遠方に旅行してきました。

ルートはこんな感じです。

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車を持って行きました。
京都から出発。1号線走って大阪南港へ到着。
そこから午後5時出港でしたっけね。フェリーに乗って出港。
フェリー内で一泊。

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2等室を取っていたのですけど、室内の湿気が半端なくて。
おそらく、みなさんシャワー浴びてそのタオルを室内で干すからなんでしょうが。
その湿気が嫌で、ロビーのソファーで一晩、横になっていました。

朝5時半に門司港着。
そこから博多港まで車で移動。
下道走ったので2時間ほどかかりました。

博多港から朝10時出港のフェリーに乗って、5時間半かけて対馬島の厳原港に到着。
そこから3時間ほど掛かって、韓国展望所に向かいました。

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曇っていて、プサンが見えない。笑

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髪がボサボサです。笑
ウチの家系、プサンとは何の縁もないのですが、一応記念写真。
遠方への旅行には、母の遺影を持っていくのが恒例になりそうです。
なんか、一人部屋に置いていくのがしのびなくてね。

夜は、民宿・ゆたか荘に泊まりました。
とても気さくなみなさんで、泊まってよかったです。

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料理は、すごいもんがたくさん出てきました。
これは一部です。
その日獲れたお魚が中心です。
新鮮すぎて、お刺身とかお醤油なしでも美味しかった。
お米も、対馬のお米でね。
食べ物、何から何まで本当においしかったです。

対馬、いたるところで韓国の方が多くて。笑
日本人を探すのが難しかったくらい。
民宿にも韓国の方が泊まってました。
ってか、僕ら以外はみんな韓国人宿泊者。
みんな同じ食堂で、おかみさんや大将らと楽しく談笑しながら、食事をしたんですが、
ちょっと他の宿泊者たちと親しくなれましたね。
日本語がほとんど話せない、ユンさんと、ちょっと仲良くなれたのが嬉しかったです。
釣りを楽しむために対馬に来られたんだとか。
船でプサンから来られたんですが、住んでいるところはソウル。
ってことは、結構遠いやん。
これ、ユンさんたちも帰るの、大変やぞ。
ってな感じで、ユンさんと、韓国語で軽く会話してたら、おかみさんに「うちで働かないか」ってスカウトされましたよ。笑

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この旅、時間がタイトすぎました。
あっという間に3日目。
最初のフェリー一泊がまともに眠れなかったせいか、二泊三日というより、一泊二日の、一日少ない旅のような気がします。
朝、8時半に民宿を出て、厳原に向かいます。
2時間ほどで厳原に到着。
フェリーの時間までゆとりがあったので、港付近でのんびり時間を過ごしました。
いやぁ、しかし韓国人が多かった。笑
店員以外、みんな韓国人違うか?って思うくらい。
ってか、いっときのハワイもこんな感じだったのかな。
お店の人以外、みんな日本人みたいな。

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お土産を買いたくてね。雑貨屋さんに入って、ラムネを買ったついでにお土産屋さんがどこにあるのか、聞いてみたんです。
「…日本人の方ですか?」
「ええ、そんな感じです。京都から来ました。別に韓国語でも構いませんが」
みたいな会話をしてました。

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港付近の、レストラン兼カラオケ屋兼バーみたいなところで食べたピザは美味しかったです。
えらく待ちましたけど、こんだけ美味しかったら、きっと焼くのに時間かかったんでしょう。
納得です。

午後3時25分発の博多港行きフェリーに乗って、対馬島を出ました。

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午後8時10分に博多港到着。
そこから…僕的にはこの度一番のイベントです。
車でぶっ通し京都まで走るのです。
途中、4回ほど短い休憩を入れて、朝の5時半に到着しました。

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風を受けないのは身体的に楽ですけど、あまり睡眠を取れなかったこともあってか、目の焦点が合わなくなります。
それとの戦いがきつかったですね。
目がしょぼしょぼしないように、窓をほぼ全快にあけて、走っていました。
僕的には、このルートは2回目だったのですが、バイクで走った方が楽だったかな。


ま、そんな感じで、ひょんなことから旅した対馬島。
今度はバイクで行ってみたいな。
対馬島にはガソリンスタンド、たくさんあったので、そこの辺は安心です。
ただ、コンビニの数が極端に少ないので、不便ではありました。
あと、泊まるのなら、対馬市の北部がいいと思います。
しかし、北部には娯楽施設がありません。
レストランやスナックみたいなところは港付近に集中しています。
でも、港付近に泊まると、きっと面白くない。

だから、こういう感じがいいのかな。
対馬で2泊するようにして、一泊目は厳原港付近。
居酒屋やスナックとかも多かったみたいなので、夜はそういうところで楽しんで、
翌日は早めに北対馬に移動。展望所などバーッと見て、民宿に泊まって、
三日目は夕方3時すぎのフェリーに乗ればいいんだから、
途中、島の真ん中付近の喫茶店(もしかすると一軒だけかも)で、少しのんびりして。
島の真ん中ら辺に「SATO」って店があったのです。
ログハウス調のお店でね。美味しい軽食を食べさせていただきました。
大阪・高槻出身の店員さんも、親しみやすい方でした。
そう言えば、民宿のおかみさんは、山口県出身とおっしゃってました。
島外からの移住者も多いんでしょうね。

うん。今度は、バイクで対馬に行こう。
初日のフェリー・一泊は、僕的にはしんどかった。笑
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2017/05/08

ハッピーエンド

今日は朝からずっと動いていました。
母の特別永住者カードを返却しようと、市役所に行ったら
これって入国管理局に郵送で返却しないといけないんですね。
ちょっとびっくりしました。

あと、母の年金をストップしなきゃと思って、年金事務所に電話したらまったく繋がらないし。
繋がったと思ったら、来てくれと言うし、行ったら1時間待ちとか言うし。
あー!もー!って感じで、いったん今日は諦めることにしました。
(夕方、再度電話して、ストップだけ先にしてもらいました)

それから、京都在住時代に母がお世話になったところへ行脚。
母の遺影を持って、バイクで回りました。

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宇治市内のローソンって看板の色が濃いんですね。

京都南部をトータル4件回って、帰宅後に1件電話でお話ができて、何とか無事あいさつができました。
母が自立支援をうけていた頃にお世話になった訪看さん。
その中で一番お世話になった方々、お二人が今、某自治体で職員をされていらっしゃいます。
母が認知症を患っても、記憶に残っていたお二人です。

「●●さんが真剣だったから、こちらも真剣にしないと通じないと思った」

この言葉が印象的でした。
僕も真剣勝負。母も命をかけての真剣勝負。

「そういう人たちに、生半可な気持ちで接しても、心を開くわけがない。
だから、私たちはとても勉強になった。
長い間、この仕事をしてきて、一生忘れられない利用者と家族さんだった」

本当に嬉しいです。
僕たち親子は、お金はなかったけど、こんないい人たちに出会えました。

「つらいことがあったら、いつでも来てや。お母さんも面倒みてたんや。子供くらいなんともあらへん」

こんなこと、おっしゃってくれたんです。
この一週間、人に会うたびに、泣いていたのですが、
ここでも泣かすか、ってね。笑


えっと。
この物語。約30年ほど続いた戦争。
無事終わりました。
多少、悔いは残るけど、
最後はハッピーエンドでした。

でね。これから。
僕は、ちょっとぐうたらしようと思っていたのです。
ま、仕事たまっているんで、それだけやって。
あとはのんびり。自分が生きていけりゃいいや、って感じで。

しかし。
明日から、僕はまた出向することになりました。
たまっていた仕事もあるので、えらいこっちゃです。
人に振りたいけど、他にできる人、知らん。

ま。それが落ち着くのが6月ごろだと思います。
それ以降は、のんびり。
今までみたいに、がむしゃらじゃなくてね。
自分を見つめながら、生きて行こうと思います。

今日、京都で一番に会った、元ケアマネさんに
「このことを小説にしてみたら、どう?」
って言われました。

うーん。この30年間。いろいろありすぎて、あんまし細かく覚えてないや。
ま、書けたら書きます。笑
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2017/05/04

いろいろあったけど、楽しかった

僕は、親の人生のクロージングは子供の責任だと思っています。
世の中にはいろんな親子の形があるとも思っています。
ごく一般的な親子の関係とか、ちょっとその基準が分からないのですが、
少なくとも、僕たち親子はその基準には当てはまらなかった、そう考えています。

たくさん闘いました。
最初は逃げようとしました。
「親子の縁」ってのを切ろうともしました。

でもね。
僕の掌に一人の人生が乗っているんです。

親らしいことって何でしょう。
お金でしょうか。
足を引っ張るって何でしょう。
そんなもん、くだらないものだと、気がつきました。

子どもも、親も。
みんな人生をサボりたいって人、いません。
きっと、彼女なりに一所懸命生きてきたのです。
一所懸命に生きてきた人は、やっぱり最後一人で天国に逝かせるわけにはなりません。

僕の欲しいものとか、やりたいこととか、夢だとか。
そんなもの、人の命に比べたら、どうでもいいことです。

親はね、子を産んでくれたってだけで、充分です。
僕にとって命の恩人なのです。
そしてね。
世界中の人が僕の敵になったとしても、
たった一人、僕の味方になってくれる人なのです。


悔いは残ります。
僕は、
認知症発症後、5~10年で何かしらの要因で死亡する
という定説を覆したかった。

「老人の身体は急変する」って言うじゃないですか。
僕はそれを否定します。
何らかの兆候はあるのです。
ただ、それに気づいていたとしても、ゆっくり放置するしかない。
もしくは周囲がそれにまったく気がつかない。

71歳ですよ。
僕はあと15年くらい。
せめて85歳くらいまでは、介護したかった。

ウチの家に限って言うと。
6年前だったかな。
誤嚥性肺炎で京都の病院に入院した時、
覚悟をしてください、と先生に言われて、
それが奇跡的に復活して
本人の意識が戻ったら、記憶がなくなっていて
先生から認知症と正式に診断されて
それ以降から
初めて、ちゃんとした親子の関係を築けたかな、と僕は思っています。

楽しかった。
本当に楽しかった。
親というより、僕の子供みたいな。
車であっちこっち連れていきました。
会う人会う人に、胸をはって
「僕の母です」と言っていました。
世界で一番、僕の自慢の母でした。

だいぶん前に、このブログでも書いたかな。
「ボーナストラックかも知れません」って。
京都の病院から、施設に入っての6年だったか、7年だったかの歳月。
母はどう思っていたのか知りませんが、
僕にとってはボーナストラック。
神様が僕にプレゼントしてくれた時間でした。

欲を言えばもっと楽しみたかった。
せめて、お金持ちになって、もっといい思いをさせたかった。

母が天国にいって、これまでの数日間。
人と話すと、ボロボロ泣けてきましてね。
なので、なるべく人と会わないようにって。

でもね。出棺の日。
伯母や叔父たちが集まってきてくれて、
みんなで、見送れたのです。
なんかね「いってらっしゃい!」って気持ちになれたんです。
お棺の中に、なんか入れてもいいってことだったので、
天国って寒いんやろかとか思いながら
ちょっと多めに服を持たせて、
お葬式会場の喫茶店で、トースト焼いてもらった、
お弁当を持たせました。

あの人、ずっと僕と一緒に暮らしたいって言ってたのですが
今、この隣の部屋で、暖かい陽ざしを背に、笑ってはります。
ごめんやで、生きている時に実現させたかったんやけど、
お金稼がないと、あかんかってん。
それでも、通院・入院時代も含めてトータル10年以上。
毎週土日、顔を見に行ってたので、僕としては頑張ったと思うねん。
やから、ちょっと堪忍してね。

僕はもうずっと、母の介護を中心に生活をまわしてきて
他のことはほとんどおざなりにしてきました。
だから、これから土日、何をすればいいのか。
どんな仕事をして生活していこうかな。
全部リセット状態になった気分です。

でも。何となくですが。
この経験を、いろんな人に伝える責務はあるのかな、と。

えっと。僕はね。
施設に入っているお年寄りのご家族さん。
毎週1回でも、家族みんなで代わりばんこしてね、
施設に行って、じいちゃんやばあちゃんの顔を見て
6時間とか言わなくても、3時間でも
おむつ交換とかしてあげるだけで、
日本の介護保険はだいぶん持ち直すと思っています。
僕の母は、介護保険の点数、余っていましたし。


さ。これから僕はどうやって生きていこうかしら。
やりたいことってのも特にないし。
強い表現で例えると、この長い戦争っていうのか。
結末はハッピーエンドで終わったのかな。
それをいろんな人に伝えて、間接的にでも
一人でも多くのお年寄りが笑顔になる
お手伝いができればいいかな。

って前に、僕は生きていかないとなりません。笑
今までみたいにがむしゃらに、ってのは
もういいかなって思うんですが
他人様に迷惑かけない程度に、お金を稼がないとね。


母の子として生まれて、もうすぐ46年。
ほんと、いろいろありました。
でも、ラストが多少悔いは残るけど
ハッピーエンドで終われたようだから。

本当に楽しかったです。
母の子として生まれて、彼女と関わってこられて
本当に幸せでした。
おおきにやで。オモニ。^^
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2017/04/30

4月30日午前0時11分。

母が永眠いたしました。

当分の間、自営業・任々堂工房を休ませていただきます。

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2017/04/14

今年の桜

今年は桜をたくさん撮りました。

ことしのさくら

ことしのさくら

ことしのさくら

ことしのさくら

ことしのさくら

ことしのさくら

ことしのさくら

ことしのさくら

ことしのさくら

ことしのさくら

ことしのさくら

ことしのさくら

大阪はもう桜シーズンが終わろうとしていますが、
まだ、僕の行動範囲では、
京都・滋賀の県境が残っております。
近々、行ってみようと思います。
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