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2011/12/19

思い出すこと。

うちの祖母は、朝鮮総連の京都・城陽分会の分会長をしてましてね。
その影響で、僕も5歳から朝鮮学校に通ってました。
保育班→幼稚班→初級部→中級部って感じで、進学していきまして。
そうだわ。初級部の高学年の時、登校拒否してました。笑
ま。いろいろあったわけです。
祖母からすると、ま、登校拒否はしたけど、自慢の孫だったでしょう。
成績もそこそこだったし。
グレてもなかったしね。


中級部で、僕は柔道部に入りまして。
部活の帰り。ちょくちょく京都駅八条口にあった書店に寄ってました。
読みたい本がたくさんあってね。
そう。その書店で一番最初に買ったのが、小室直樹さんが書かれた「韓国の悲劇」。
今ではボーっとしか内容が思い出せないのですけど、衝撃的でした。
「学校で習っている南朝鮮と違う。。。」
こんな感じだったと思います。

教科書ではね。南朝鮮は貧乏な国で。
貧富の差が激しく、貧乏な国民は病院にもいけず、そのまま死んでいくケースも多い。
極悪の独裁者が支配し、その上にはアメリカがいる。

でも。「韓国の悲劇」では、ソウルオリンピックを前に急加速で経済成長する韓国。
ソウルではたくさんの車が行き交い、国民の所得も年々増加している。
そんなことが書かれていたと思います。

いつもね。カバンの底に隠して学校に持って行ってね。
行きのバスの中とか、帰りの電車の中で読んでましたよ。
それから、そういう「新書」を読むのが楽しくなって。
昼飯のパン代を浮かして、よく本を買ってました。
京大農学部の前に大きなお寺があるんですけど、そこで定期的に古本市があったのです。
で、日曜の部活帰りに寄ってね。
あん時買ったのが、右翼の方が書かれた「革命は如何にして起こるか」ってタイトルの、分厚い本。
あれは何回も読んだ記憶があります。
でも、覚えているのは
ロシア人は残虐だ、自分たちの皇帝を残虐な方法で殺した、みたいな内容くらい。


朝鮮戦争が何で起こったのか気になりましてね。
その本も読みました。
表紙がマッカーサーさんと金日成元帥のイラスト。
授業では、韓国軍が先に攻めてきた、と。
でも、その本には北が先に攻めた、と。
ま。朝鮮学校では朝鮮戦争のことを「祖国解放戦争」と呼んでましたからね。
そう思うと、北が先に攻めた、というのも分からんでもない。


授業の合間の休み時間に。こっそりとその本を読んでいたんです。
次の授業は「金日成元帥革命活動」って授業。
その授業を担当するのは厳格な教務主任。
たしかあん時、教務主任、ちょっと早めに教室の中に入られたんですよ。
で。僕が本を読んでいるの、見つけられまして。
「その本、ちょっと見せなさい」から始まり。
パラパラっとその本を読んで。
そこから十数分、説教。
授業が終わって、教務主任に呼び出されて。
職員室でお説教。

中3の時、担任にも怒られました。
なんかの時に、金正日同志のなんかを書けっていう課題があって。
内容はよく思い出せないのですけど、ま、そういう作文というのか、感想文というのか、
称える文章を書けってのはよくありました。
で。そん時僕は、金正日同志の肩書きを「書記」って書いたのです。
だって新聞ではそう書いているもん。
すると職員室に呼ばれて、何で「書記」って書くんだ?って。


ま。そんなこんながありましてね。
僕は人生ではじめての決心をするのです。
こんなウソかも知れないのを教えている学校には居たくない。
高校は日本の学校に行く!と。

でも、どうしたらいいんだ?
誰に相談すればいいのかも分からず。
あれ?本当にどうしたんだっけ。
なんせね。一人で願書をもらいに、京都府教育委員会まで行きました。
そこで対応してくださった方に、「頑張ってください」って言われて、感動したなぁ。

でも。願書ってどう書くんだ?から始まって。
カリキュラム表ってなんだ?とか。
分からんことばっかり。
担任にも相談できず。

ま。何とかね。分かる範囲で、そして教えてもらえる範囲で、願書の出し方を理解して。
でも。2学期の終わり。意を決して。
担任に「願書を出すので、カリキュラム表と内申書(?)を書いてください」と。

あん時、担任はどう答えたかな。
結局、3学期が始まってからまたこの話しよう、みたいな感じだったかな。

3学期がはじまって。
ほぼ毎日、担任と話し合い。
それでも僕が折れなかったので、教務主任と話し合い。
授業が終わって1週間、数時間ほど応接で思想教育。


これは忘れません。
カリキュラム提出日が2月14日だったのです。
で、学校の許可が出たのが2月14日の午後。
急いで、志望校に届けに行ってね。
志望校で応対していただいたのは、なんと校長先生。
ここでも、「頑張ってください」って言われて。
感動しました。


2月の終わりに、高級部への入試があったのですが
僕だけ学校お休み。
あん時、クラスメートの女の子に
「昨日、何で試験休んだの?」って聞かれたの、覚えています。


っていうか。試験勉強、まともにできてない。
2月はずっと日本語のテストを受けるための対策ばっかしてました。
そもそも、朝鮮語で授業を受けていたのに、日本語の答案用紙なんて慣れてない。

たとえば、英語。
英語→朝鮮語→日本語って感じで訳していました。
理科・数学。書かれている用語が分からん。
古語・漢文、習ってない。
日本史、知らん。
日本の地理なんてまともに習ってない。

ま。でも。現代文は得意でしたし。英語は絶対的な自信あったし。
社会も、政治経済はそこそこ自信がありました。



そんなこんなで。
日本の高校に入学しまして。
最初に驚いたのが、現代社会の最後の方に掲載されていた、日本国憲法。
感動しましたよ。
「権利」って言葉。
そこに自由があると思いました。
んで、9条。

憲法ってその国の理想が書かれているんだ、と思いましたもん。
こんな素晴らしい憲法を持つ日本って、すごいなぁと。



ただ。朝鮮学校で問題児扱いされて、日本の高校に入るまでの半年間ほど。
祖母には泣かれましたね。
「なんでウリハッキョ、辞めるんや?学校が遠いからか?」って。
祖母的には、僕を朝鮮大学まで行かせたかったのでしょう。
(んなもん、そもそも誰が学費払うんだ?って思いましたが。そん時は)


中3の終わり。教務主任が折れてくださって。
公立高校の入試を受けていいよ、ってなった時。
理科の先生に、なんかで言われたんですよね。

僕たちは、渡り鳥みたいなもんだ。
先頭を飛ぶ鳥が、もし行き先を間違ったとしても、
僕たちはそれに必死でついていかないといけない。

それを聞いて。そんなんおかしいやん、と思ったわけです。
間違っているの分かっていながら、死にに行くのか?って。




楽しかった高校生活も終わり。
大学に入って。
しばらくして。
金日成元帥が亡くなられてね。

僕、もう、在日の社会とはまったく接点がなく。
中学の頃の友人たちとも、連絡を取ってなく。
いわば在日のドロップアウトです。

日本の方たちの優しさに触れてね。
バイト先でも、しんどいけど、笑いが絶えないような生活を過ごしていたつもりです。
その時は、高校の先輩と一緒に住んでいたし。
在日っての、忘れる日も多くありました。

ただ。元帥が亡くなった時。
まったく理由が分からないのですが、僕は号泣しましてね。
隣にいた彼女さん、なんのこっちゃ分からんかったでしょう。
ただただ、泣く僕。


なんだろうなぁ。
自分の中で。思考の半分くらい影響されていた人でしたから。
よくも悪くも。
この人のせいで、僕の考え方とか生き方が変わった、みたいな。


人間ってね。
洗脳。
頭でそれが間違っているとは分かってても、感情の奥。
価値観。
そこまで染み付いたものを取るのって、相当難しいと思うのです。

なんで僕が今、まだ朝鮮籍なのか。
そこにはたいした理由もなく。
ただ。日本人になるのが怖い。
それだけ。
客観的考えれば、朝鮮籍でいる方が怖いのにね。




それからまた数年経って。
金正日総書記が、拉致事件を認めました。

心の中で、多分やっているんだろうなぁとは思いながら、
でも、どこかで、やってないと信じていたかった。
あの時、会う人会う人に、すみませんでした、と謝っている僕がいました。


拉致事件があった時。
僕、たまたま地方の朝鮮学校で教鞭をとっている人と知り合いましてね。
単刀直入に聞いてみたのです。
拉致事件をどう思うか。
でも、彼女からはまともな答えが返ってきませんでした。
悲しかったです。



僕は在日コリアンのドロップアウト組に入る人です。
もしかすると、朝鮮の人を意識的に遠ざけているフシさえ自分で感じられる。



今日、お昼のニュースで、金正日総書記が亡くなられたニュースが流れていました。
ラーメン屋さんでね。そのニュースを観てまして。
しばらく、ボーっと観てまして。
もうちょっと何か重いものを感じると思ったのですが、
不思議なほど冷静に観られましてね。
午後からの仕事も普通に作業をしてて。



祖母はあの時、なぜ韓国籍を選ばなかったのか。
祖母も祖父も、全羅南道出身の南の人です。
ただ、あの時。祖父は他界して、祖母は在日のコミュニティの中で、
お互い力を合わせて、たくましく母や叔父たちを養っていこうとしていたと思います。
そのコミュニティが、総連の前身だったからでは?
と僕はそう思っています。
社会主義思想や、主体思想うんぬんは、祖母はあとで勉強したはずです。
それも、もともと字が読めない人だったから、
習いたてのハングルで、どこまで内容が理解できたのやら。

ま。祖母の口癖みたいなもんがあって。
「うちは生まれ変わったら・・・」みたいな。

どこが社会主義者やねん、みたいな、ね。笑




金正日総書記死去。
こう、「死去」って単語を使うのも、どうもねぇと思ってしまう。
「逝去」ならすんなりくる。
これって、何なんでしょうね。
独裁者、大嫌いなんですけど。
で、在日の世界ともほとんど関わりがないんですけど。


僕はまだ洗脳がちゃんと解けていないのかもしれませんね。
ただの日記 | Comments(0) | Trackback(0)
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