2013/09/11

最近、古代史に興味が出てきて。

ウィキペディアや個人さんのサイトなどを閲覧して、
分からないなりにも知識を増やしていっております。
で。思ったのです。
「善徳女王」や「階伯」の時代。
僕が中学の頃、どう習ったんだろう、と。

僕、地理と歴史がとても苦手でしてね。
覚える科目、嫌いでした。
だから、何を学んだのか、当時の記憶があまりありません。

書棚から、中学の頃の教科書を出しました。

朝鮮史

「朝鮮史 中級2」です。
中学2年で使っていた教科書です。
なので、今から28年ほど前になります。

「善徳女王」の後。「階伯」の時代ですね。
キム・ユシン将軍が出てくる頃のページを開いてみました。

朝鮮史

いきなり、金日成元帥の教示から始まるこのページ。。。
ちょっと訳すと。

 敬愛する首領 金日成元帥は次のように教えられた。
 「他に依存して独立をすれば、他の徳をもって生き延びられるということは、
 とても愚かな考えであり、また正しくない考えである」

 7世紀半ば、国の統一のための三国民たちの闘争は、
 我が国に唐の侵略者を引き込んだ新羅統治輩のせいで実現できなかった。
 この時期から我が国では、200余年もの間、渤海と後期新羅が存在した。

ま。こんな感じで。
ほぼ直訳です。表現がキツいですね。

あ。補足説明をすると。僕らの年代が一番思想教育が強かった時期です。
いろんな教科書のところどころに、こうして元帥の教示が記されていました。

あと。北朝鮮や総連系の学校で習う朝鮮史では、
朝鮮半島で初めての統一国家は、高麗になります。(渤海が朝鮮史扱いとなるのです)

これが韓国では、初めての統一国家は新羅と習うそうです。


そうそう。ほんで。キム・ユシン将軍が出てくる箇所。

朝鮮史

訳します。

 1)唐侵略軍の撃退と渤海の成立

 ・新羅封建統治輩の罪行
 領土を拡大しようとする新羅封建統治輩たちの欲には限りがなかった。
 7世紀半ば、国における権力を固めた金春秋と、その次の位置にいた金ユ信は
 領土を拡大するために手段を選ばなかった。
 新羅封建統治輩は高句麗と百済を滅亡させるために、ついには唐侵略者を引き込んだ。
 これは他の徳をもって上手く生き延びようとする、とても愚かな考えであった。
 我が国を支配しようと必死であった唐侵略者たちは、絶好の機会だと全面的に協力をした。
 660年、唐侵略者と新羅軍は百済を侵攻し、首都サビ城を落とした。百済は滅亡した。
 この時の高句麗の形勢は難しかった。淵蓋蘇文将軍が死亡し、
 彼の3人の子たちを筆頭とする封建統治輩たちは権力をそれぞれ掌握するために闘いあった。
 668年、かなりの数の侵略者たちが高句麗に侵攻した。
 高句麗の人民たちは最後まで平壌城を守るために闘った。
 しかし、卑怯な高句麗統治輩たちは、敵に降伏をした。
 こうして、百済と高句麗が滅亡し、すぐに唐侵略者たちは新羅までも支配しようとした。
 新羅統治輩たちの罪行によって、我が国は大きな危機に陥った。


ざっとこんな感じです。
まぁ、自分の国の歴史なのに、ボロクソに書かれていること。笑

というわけで。
韓国の人たちからは英雄視されている、キム・ユシン将軍と王様の金春秋さん。
北では、ケチョンケチョンに言われていた、というお話でした。
はい。
ただの日記 | Comments(0) | Trackback(0)
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