2014/01/12

たかじんさん。

土曜日。KBS京都ラジオを車の中で聴いておりましたら、
山崎弘士御大がお話されていました。

 彼は大阪の魂だとか、大阪の象徴って感じでいろいろ言われていますが
 彼の生き方の下地を作ったのは、京都の祇園町だと思います。

言葉ひとつひとつはっきりと覚えていませんが、内容はこんな感じでした。
山崎さんがKBSの若手アナウンサーだった頃。
龍谷大生だった、たかじんさんは
山崎さんいわく、もうメチャクチャな生活をしていたそう。
祇園のクラブで歌を歌いながら、そこで稼いだお金をまた祇園のクラブで残さず使う。

KBS京都ラジオで問題発言をして、KBSに出入り禁止になり。
しばらくして、大阪でいくつか番組を持たれるようになって。
でも、彼の歌やトークの基礎は、京都時代に培ったものだと。

山崎さん、粋なことされました。

 他の番組では、たかじんさんの歌、たくさん流して追悼をしているけど、この番組はそうしません。
 その代わり。たかじんさんが若い頃。
 まだ駆け出しだった頃に、毎日ずっと練習して、自分のものにしようとした曲を流します。

って感じで話されて、フランク・シナトラのマイウェイを流されました。


遙洋子さんの話だとか、たかじんさんが亡くなった時のエピソード。いろいろあります。
どれもいいお話です。自然と涙が流れてきます。

たかじんさんは、居て当たり前の方で、居ないことが想像つかない方。
僕はそう思います。



たかじんさんの歌、いい歌ばかりなのです。
でも。
僕が一曲だけ選ぶのなら、あえてこの歌ですかね。
よくABCテレビでこのタイトルと同じ名前の番組を観ておりました。




やしきたかじんさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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