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2011/12/04

今日のドライブ。

今日も車に乗って、母とブラブラ、ドライブをしていたんですが。
ちょっと実家に行ってみようか、と。
多分、叔父が何かしてるんちゃうか。
もしおらんかったら、そのまま帰ったらええんやし。
的なノリで。

ほんで実家についたら。
叔父が眠そうな顔で車から出てきたところでした。

「今から昼寝しようと思っててん」
「あ。ほんじゃお邪魔やし、すぐ帰るわ」
「いや。ええねん。工場あけるわ」

「だいぶん元気になったで。ほら、歩けるやろ」←と母を車から降ろして。

最近、カラオケの練習をよくしてて。
すると、僕がそう思うだけか。
ちょっと前より、母の頭がシャキっとしてきた、みたいな話を叔父にしてましてね。

すると。
叔父はチャンスと思ったんでしょうか。
母に「年末に姉ちゃんが神奈川から帰ってくるから、会ってくれへんか」
と、説得をしはじめました。

実は。母と母の姉、僕からすれば伯母。
仲がよくない。
んで、伯母と母が会うと、必ずその後、母の調子が悪くなるから(それも半年くらい響く)
僕も母を伯母に会わせない。

今年の最初、母が危篤で本当に危なかった時。
一度、伯母はこっそり面会にきてくれたのですが(僕がいないところで)
母が意識を取り戻してからは、一度も会ってません。


ま。そんな話をしている最中に。別の来客があって。
叔父の先輩。僕もその方の妹さんは知ってます。
妹さんとは、小中学校の頃、僕が一年後輩にあたる間がらでした。

「下の姉の息子やねん」と自己紹介されて。
「こいつ(僕のこと)、中学までウリハッキョ(朝鮮学校)行っててん」と。

「中学までウリハッキョ行ってて、高校から西城陽に行って…」
と、しばらく僕の経歴を叔父が、その来客に話していました。

来客さん 「たいへんやったでしょ。ウリハッキョから日本の高校に入るのって」
僕 「あの当時はあまり例がありませんでしたしね」

おそらく。来客さんは学力など(朝鮮学校は全部授業を朝鮮語でしますので余計に)で、日本の高校に進学するのが難しいってことをおっしゃりたかったんでしょうが。僕はそれより。

「主体思想が大嫌いやったんですよ」と。
続けて。
「あん時は授業が終わったら、1週間ほど教務主任に呼び出されて、応接に閉じ込められて、思想教育やー言うて、数時間軟禁されましたわ」



なんて濃い話だ。
でも、在日が集まったらたいがいこういう話になります。笑
普段、こんな話はあえてしないようにしているんですけどね。
だって、しても通じないし。


ま。そんなこんなで。
来客(ま。僕からすればだいぶん先輩になる方)さんと、叔父と僕と世間話。
母は寒いから車の中で待ってもらって。



どうも。叔父は。自分でも言ってましたが、焦っています。
多分、伯母の体調が悪いんでしょうね。
で。もしかすると後何年も持たないんじゃないか、と。
せめて、伯母が生きている間に、伯母と母の仲(しいては僕と伯母の仲も)を何とかしたい。
そんな感じでした。

実は、母の兄弟はあと3人いまして。
そのうちの2人はすでに他界しています。
で。あと一人は大阪で家庭を持っているのですが、ほぼ遠い存在になってしまい。
叔父的には残った兄弟は一日でも長く、仲良くしていきたい。


僕も。この一年。母と付き合ってきて。
母からも、そしてよくしていただいた皆さんたちからも、いろんなことを学びました。
僕、多分この人生で初めてです。
「博愛」ってのはきっとこういうことなんだろうなぁ、と心で感じ取れたの。



母の夕食の時間などもあったし、母のことも気になったので、
来客さんと叔父に挨拶をして。
叔父は、最後に車の中にいる母に再度。
「年末、姉ちゃんが来るから、できるなら会ったってくれ。お願いや」
みたいなこと言って。



帰りの車の中で。
「うち、姉ちゃん嫌いや」
「うん」
「でも、何かあったんか?」
「うーん。何か感じてはるところ、あるんやろなぁ。叔父さんは」


「うち、髪の毛、染めたいわ」
「そやな。年末までに美容院、行ってみようか」
「姉ちゃん、髪の毛、黒いやろ」
「そやな。きっと染めてるやろな」
「うちの方が姉ちゃんより、歳とっているみたいに思われるの嫌や」
「うん。分かった」



明日。ケアマネさんに電話をしてみて。
母、皮膚が弱いんでね。
京田辺に母の髪をずっとみてくださった美容院があるのです。
そこなら、母の皮膚がかぶれる可能性が少ない。
でも、もしかぶれた時のことを考えて、
事前にケアマネさんと相談して、軟膏とか用意してもらって。
できれば年内に、一度母を美容院に連れていきたいと考えています。
ただの日記 | Comments(0) | Trackback(0)
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